私がギクリとした、倅の発言…「僕、天才だから」 #天才 #小学校 #勉強 #家庭学習 #教科書

私がギクリとした、倅の発言…「僕、天才だから」

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ある日、いつも通りに、倅が算数のテストを持って帰ってきました。
表が100点満点、裏が50点満点のテスト用紙で、倅は、表85点、裏が40点でした。

時々、満点を取る事もありますが、大体が、80点~95点辺りの点数を取って参ります。

まあ、悪い成績ではありませんけど、答案を良く見ると、些細な間違いで1、2問が×になっている。
「…うーん、よく頑張ってるけど、もう少し落ち着いて問題解けよ」
というと、倅ヤツは、
「完璧な人間なんていないよ~」
とか、ゲームしながら言い返します。

「そりゃ、そうだけど、この答案に関しては、落ち着いてやってれば、全部出来てたろ?」

算数と理科は得意で、まずまずの成績は取ってくるので、
「まあなぁ、基本は理解出来てるみたいだから、悪くはないんだけど…」
と言うと、
「僕、天才だから」
とかぬかしました。

私が子供の頃、天才と自惚れていたので、この台詞には、ちょっと、ギクリとさせられます。

自分が天才だと、本気で思って居ると、まあ~ロクな事はありません。

私の場合。
二人の兄がおりますが、少し年が離れていて、私が小学一年生の時、長兄は中学生で、次兄も高学年。
家庭内の勉強の会話も、小学一年にしては、ちょっとレベルの高いものにります。

自然、私のレベルも引き上げられるものだから、同級生からも、
「ヒロシちゃんは頭がええ」
とか言われて、私もその気になっていました。

三年生頃から「科学と学習」を中心に、読書が好きになって、教科書を何度か読めば、まずまずの成績は取れていたから、なおさら自惚れてしまいました。

「天才の俺が、本気出したら、ヤバイよ」
恥ずかしい話ですが、本気でこんな事を言っておりました。

確かに、教科書を繰り返し読んでみる事は、学習の基本で、オススメではあります。
しかし、それだけで、そこそこの成績が取れる事は、永く続くものではありません。
私の場合、なんとかなっていたのは、中学二年の一学期頃までで、二学期辺りから、ちゃんと家庭学習しなければ、好成績を収めることが出来ない事を知らされます。
それでも、自分は天才だと思い込んでいて、結局、あまり勉強もしないで、読書と、好きな理科と社会科位しか勉強しませんでした。

「俺は、まだ、本気だしてないだけ」

みたいな感じだったんでしょうね。

そして、中途半端なまま、中途半端な高校、中途半端な大学へと進んで行くわけですが、読書のおかげで、十八、九歳の頃に「自分の無知」と「自惚れ屋で愚か者」だった事を知る事が出来ました。
(遅いかな…(^^ゞ)

自分の愚かさに気づけたことは、本当に運が良かったと思いますけど、ろくに勉強もしていないクセに、自分は賢いと思い上がっている人間は、意外と多くて、私のかつての部下にもおりましたし、現在の友人の中にも、残念ながら存在します。

それや、これやがあったので、倅が本気で、自分の事を天才と思い込んでいたら…
天才というものを勘違いしていたら、大変な事になると思って、

「天才も、努力しなかったら、凡才以下になるからな」
と、倅に言いました。

少し前の倅なら、よく解らなくても、
「うん」
と頷いていたモノですが、四年生の倅は、
「なんで?」と言います。

で、色々と説明し、他人の実力も素直に認めて、真摯に努力しなければ、本当に天才だったとしても、自惚れている分、結果、凡人より劣る。
という様なお話をいたしました。

天才と自惚れて、ちゃんと努力していれば、問題ないかもしれませんが、自惚れ屋で、ちゃんと努力している人間は、いまだ会った事がないように思います。

「努力に勝る天才は無し」

これ、多分、事実なんでしょうね。

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