ドーハの悲劇からドーハの奇跡…基、歓喜へ #カタール #ドーハ #ワールドカップ #日本代表 #侍 #森保ジャパン #日本勝利

ドーハの悲劇からドーハの歓喜

訂正 思い出しました。「ドーハの奇跡」は、日本が「ドーハの悲劇」だった時の、得失点差で出場した韓国側で言われていた言葉です。なので、やっぱり「ドーハの歓喜」ですね。

日本代表勝ちましたね
今日は、ちょっと無理して更新しております。
正直ビックリ。
サウジアラビアが優勝候補アルゼンチンに逆転勝ちしたので、「日本もドイツに勝ったりして」なんて、冗談半分の希望的観測をしておりましたが、本当に逆転勝ちしてしまいました。
ドイツにPK取られて、前半0-1で折り返したとき、嫌なムードだったのですが、後半、森保監督は戦術をガラリと変えて、攻めのサッカーに切り替えました。
PK等の得点ではなく、相手のディフェンスを切り裂いての、見事なゴール。
2得点。前半のオフサイドになった幻の1ゴールもなかなか見事でしたけど。
終盤ドイツはキーパーまで上がっての総攻撃を仕掛けてきましたが、日本は見事に防ぎ切りました。
過去のパターンだと、日本の方が守って守ってPKあたりで1点貰う。みたいな感じでしたけど、後半、ディフェンスを三人、フォワードを五人に変えた、森保監督の名采配でした。
優勝候補の一角、ドイツを破ったのは、まさに快挙ですね。
ドーハの悲劇からドーハの歓喜
1993年のW杯アジア予選、同じドーハでイラクと戦い、2-1でリードしていたものの、ロスタイムに一点入れられて引き分け。得失点差で初のW杯出場を逃した日本。
ドーハの悲劇」と呼ばれていますが、この試合に森保監督は日本代表選手として出場していました。
「あのとき、守りに入った事を後悔している」
と、おっしゃられていましたが、でも、それは、当時のオフト監督の指示によるものと思いますけどね。
森保監督は、スタジアムから宿舎まで、どうやって帰ったかも覚えてない位に悔しかったらしく、同じ後悔を、今の日本代表選手達に味わわせたくない。という思いから「攻め」を決断したそうです。
「攻撃は最大の防御」て言いますからね。
「攻め」で思い出したこと
昔、元・ヘビー級ボクシング世界チャンピオンのマイク・タイソンは、その強烈なパンチ力で、試合開始僅か数秒~十数秒で相手をノックアウトしておりました。
彼の試合がテレビ中継されると、時間が余って、何度もノックアウトシーンを流し、出尽くしたであろう解説をダラダラ流していたものです。
まさに怪物のタイソン選手。しかし、攻撃力が強い反面、攻められる事になれてなく、敢えて攻めてくる相手に苦戦してチャンピオンの座を奪われました。
ドイツも、「日本は守りのサッカー」と思っていたのかも知れませんね。
余談ですが
元・世界チャンピオン二階級制覇のファイティング原田さんも、「パンチの達人」として、世界で恐れられていました。
「原田のパンチをかわせる奴はいない」
とまで言われましたが、相打ち覚悟のクロスカウンターに破れてしまいます。
格上の相手には、差し違える覚悟で攻めた方が、勝機はあるって事なんでしょうかね。
この記事が面白いと思ったら、ブログ村プロフィールをポチしてください
PVアクセスランキング にほんブログ村
子育てヒロシのオフィシャルブログ - にほんブログ村