悲喜こもごも #政策 #政党 #選挙 #衆院選

悲喜こもごも


「どうしても、時代遅れ感が、二人には付きまとっていた」
中道革命連合共同代表・野田佳彦さんが、代表辞意を表明した時に放った言葉です。
今回の衆院選は、まさに、新しい選挙感覚と旧い選挙感覚の戦いだった気がします。

他党批判をしない

今回、高市総理は演説の中で、他党批判をしなかったそうですね。
あくまでも、政策を強く訴えたそうです。
私も、高市総理の演説全てを聴いた訳では無いので、断言はできませんが、観た範囲では、他党の批判、非難はしてなかった様に思います。
一部SNS等では、「自民候補の中には批判する者も居た」として、「批判しなかった訳ではない」という方も居られるようです。
実際、麻生太郎翁は「中道とは何もしないという意味だ」と中革連を貶していますけど、それを言い出したら、大所帯の自民党ですから、必ず何人かは居たでしょう。
ただ、党首である総裁はそれをしなかった事が、意味として大きいと思います。
同様に、他党批判を一切しなかったと言われるのが、
「チームみらい」
候補者全員、演説での他党批判を厳に慎み、政策だけを前面に打ち出しました。
結果、11議席を獲得。
議席を伸ばした政党は全て、基本的に、演説で政策の方を前面に打ち出していました。
他党の悪口を叫びまくった、「れいわ新選組」は、真逆の結果。
共産党」や「社民党」も同様ですね。社民・福島瑞穂さん等は、選挙後も「高市政権の悪法是正!」を叫び、自党政策よりも批判を優先するという、旧態依然の体質を顧みる事が出来ません。
その意味で、野田佳彦さんの「時代遅れ感」という言葉は、氏の中に、まだ、政治家の才が残っている事なのかも知れません。
ネットの中では、相変わらず、遠慮のない誹謗中傷が行き交いますが、政治に関しては、批判より、政策の訴えが好まれる時代に変わった気がします。
詰まらない揚げ足取り、足の引っ張り合いよりも、政策でぶつかり合う。
そう言う時代になって来たように感じます。
ロシアのウクライナ侵攻で、「武力による国境の変更は許されない」という、国際法が崩れ始め、世界情勢は新たな転換期を迎えています。
そうした危機感も、有権者の意識を変えたのかも知れませんね。

若者も変わって来た

ある番組で社民党福島瑞穂さんが、高校生を相手に、
「防衛費を上げる事は、それだけ戦争に近づく事なの」
みたいな事を言い、
「でも、防衛費を上げている政治家あの人達は、戦争に行かないの、行くのは若いあなた達なのね」
とやっておられましたが、今時の高校生は馬鹿ではないので、情報の取捨選択は、昔の若者より上手です。
「防衛費が増える」=「戦争になる」と言うのは、少し違うのではありませんか? とした旨を返していました。
十年前の若者なら、このやり方で丸め込めたでしょう。
実際、「平和安全法制」が施行された時、「徴兵復活」「戦争が出来る法案」みたいに、当時の大学生を中心とした若者達は、
「〝戦争法案〟反対! 〝徴兵〟反対! 安倍は辞めろ!」
声を枯らしてデモを行って居ました。
若者が政治に関心を持つ事自体、非常に良い事ですが、法案の有無によって、戦争が起こるわけでは有りません。徴兵も、日本が永世中立国を宣言し、国防の一切は日本一国で行う。という事になれば、復活する事に成でしょう。

そういえば

鉄道公安から鉄道警察隊
昔々、鉄道の安全は、警察とは別組織の「鉄道公安」が守っていました。
身分は国鉄職員でしたが、「司法的警察権」を持ち、逮捕権も持つ組織でした。
その鉄道公安は、国鉄民営化に伴い廃止され、「鉄道警察隊」として各・都道府県の警察に引き継がれて行きます。
この時も、多くの大人たちは、
鉄道警察隊は、民間人を見張る憲兵と化す恐れがある」
と騒いだものです。
しかし、あれから丁度四十年。鉄道警察隊は、未だ憲兵化しておりません。
憲兵化する理由が無いからです。
「情報」という物が、新聞やテレビに握られていた時代。テレビ局に飼われているようなコメンテーター、アナリストの話しか聞けない時代でしたから、大衆もコントロールされやすい時代であった事は確かだったと思います。
こうしてみると、「今の若者の方が賢いのではないか」と、私個人は思っています。
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