「円安バブル」は来るのだろうか #円安 #株価 #バブル #平均賃金 #メイドインジャパン

「円安バブル」は来るのだろうか

「円安バブル到来」の声も聞かれるが…

仕事の移動中は、いつもラジオを聴いている私です。
ラジオは良いですね。テレビの報道番組と違って、かなり踏み込んだ討論やコメントが聞けて。
昨日の事ですが、午前中のラジオで、経済学者の森永さんが、
「円安が進んで、1ドル160円台になったとしたら、中国の「元」より安くなって、日本が世界の工場に返り咲ける。と、観ている経済学者さんも大勢いらっしゃる」
なんて事を言っておられました。
で、ちょっと調べてみたのですが、バブル隆盛期の1989年の為替レートって、平均で137円96銭、翌年の1990年は144円79銭、現在よりも円安だったんですね。
だから、メイドインジャパンが、世界を席巻出来ていた時代でもあったんですね。
(それから、僅か三、四年後には1ドル100~94円台になりますが…)
日本がイケイケドンドンな80年代前半も、250円台とかなり円安でした。
メイド・イン・ジャパンは確かに
物は良いと思います。性能スペックも良いし、簡単には壊れない。
多くのプラットホームも作り出しましたしね。
しかし「高価」という印象が強い。同じパソコンでも、日本製になると2~3倍高かったりします。ですから、多少、スペック的に劣っても、問題がなければ、安い方が世界でも売れちゃうわけです。
金融緩和をしなかった民主党政権時代。2009年~2010年頃には、サブプライムローンが弾けたとは言え、日経平均株価が7千円台に落ち込みました。
これは、日本市場を支える八割の外国投資家が日本経済を見限った事も意味しました。
2011年頃。為替は史上空前の1ドル 75円にまで高騰。
これが、世界のマーケットで日本製品が売れなくなった、大きな要因で、中・韓・台にシェアを奪われました。国内では、お金の回らない、デフレスパイラルの嵐が吹きまくって居ました。

この事だけでも、「民主党政権時代は暗黒だった」という思いです。他にも、外交もグタグタだったし…
まあ、それは、もう良いとして、森永さんは、
アメリカのドル高バブルが、もうじき弾けると思われますが、うーん、私は日本も共倒れになると思います」と、まとめておりました。
森永さん自身「私の予見的中率は3割」と冗談めかしに言ってましたので、共倒れの心配は低いのかも知れません。
バブルの頃とは違う円安状況ではありますが、再び、日本が世界の工場になるのなら、円安が進んでも良いのかな? なんて思ったりもします。
株の値動きを観ていると、ちょっと「円安バブルが始まっているのかな?」と感じる所もあります。
「平均賃金」数字のトリック
テレビの報道特集などで、「日本の平均賃金は30年変っていない」とよく聞きますね。
事実変わってないんですが、「日本の400万円に対し、アメリカは700万円台。韓国の平均賃金の90パーセント程でしかありません」だから「日本は貧乏国になった」「途上国にまで落ちぶれた」なんて言いますが、今は円安なので、ドル建てすれば、そりゃ数字の上で、米国は700万円になるでしょう。
一方で、アメリカは、賃金6パーセントの上昇に対し、物価は8パーセントも上昇、賃金の実状はマイナス2パーセントという見方もあります。
「韓国の90パーセント程の賃金」というのも、「平均」という言葉のトリックがあります。
例えば、「A」「B」二組の4人家族があって、共に年収400万円といたしましょう。
両家そろって労働者は一人なら、その平均賃金は共に400万円ですね。
しかし「A」家では、もう一人がパートに出かけ、その年収が100万円だったとしたら、二人の平均は250万円となって、当然、数字上の「平均賃金」は下がります。
でも「A」家は500万円の年収となるので、「B」家よりも経済的には豊かになります。
日本の場合、私の様に、パート、アルバイトに出かける「主夫」「主婦」が多いので、それが平均賃金を押し下げている。という現実もあります。
「だから安心しなさい」と言いたいわけではありません。テレビ、新聞などが、特定の印象操作の為に、多角的な見方を無視して、正確な報道をしない所を腹立たしく思っているだけです。
まあ、ネットニュースなんかも、勘違いさせるような見出しや、記事が多くて、困りものですけど、その意味でラジオは、現状、情報源としては一番い良い感じです。
とにかく「円安バブル早く来い」
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ウチの子は、発達が遅れているのではないか #発達 #幼児 #成長

ウチの子は、発達が遅れているのではないか


倅の進学事もありますが
仕事の方も忙しくなり、夏を迎えた辺りから、毎・土日も、何かしら忙しく過ごしています。
ブログもなかなか更新できなくなってますけど、まあ、もともと、コロナ自粛で始めたブログですし、気ままに更新してゆけば良いんでしょうね。
ウチの子は、発達が遅れているのではないか
なんて思う必要はない…という話
前回、「二歳児だって色々頭を巡らせている」と書きました。
実際、我が子を観ていて、「小さい子でも、無邪気に生きている訳ではない」と思わされた事は沢山あります。
やっぱり、倅が二歳の頃の事です。
倅を、私の右側を歩かせるようにして、お散歩なんかしていると、急に走り出したりするものだから、その度に襟首を掴んで暴走を止めていました。
すると、倅の方も「前に出るから止められる」と思ったらしく、何回目かに、前に出ると見せかけて、私の後ろを回って左に抜けようとしたことがあります。(実際、抜けてみせましたけど)
ちょっと余所見をしていると、その隙に隠れる悪戯はしょっちゅう。
一歳かそこいらの時、オルゴールのネジの部分(子供用だからネジは、呑み込めない様にコマみたいに大きい)をイジっていて抜けてしまい、「マズっ!」みたいな表情で、愛想笑いを返してきた事もあります。
こんな話を子育て仲間にしたりすると、特にお母さんから、「…ウチの子は、ボーっとしてて、そんな事ない」みたいに心配された事もありました。
子供だって、個人差ありますからね。皆がみんな、同じような行動を取る訳ではありません。
我が家の倅だって、「言葉」の方が他の子に比べて、気持ち遅かった様に思います。
代わりに、歩き出したのは、比較的に早く、生後半年かそこいらで歩き始めました。
それも、ハイハイや四肢を突っ張るような工程をすっ飛ばして、いきなり立ち上がりました。
あ、いや、四肢突っ張りは一度やったかな?
倅が立ち上がった時の事は良く覚えています。
まだ暑い頃で、テレビを観ながら缶ちゅうを呑んでいた私の横で、ちゃぶ台に片手を着いたまま、遠いい目をして座っていた倅は、いきなりスクッと立ち上がって、「ニッ」と笑って私を見ました。私も、思わず「おおーっ」と叫んだほどでした。
遠いい目をしていたのは、「多分、いける!」と思っていたんでしょうね。
一歳になって、「一升餅」を背負わせた時も、大抵の子は立ち上がるのも難しいそうですが、倅は平気で背負って、のしのし歩いていました。
今思えば、あの頃が、アスリートとしての倅のピークだったのかも知れません。
小さい頃は、活発な子供でしたが、今ではすっかりインドア派。一応、運動部には所属しておりましたけど、運動神経の方は凡庸な少年になりました。
子供の頃にボンヤリしていても、成長に従って、どんどん変わって行くモノなので、今、見た目がボンヤリしているからって嘆く事はありません。
勉強も同じこと
我が家の倅は、大変な勉強嫌いで、成績は学年でもビリに近い方でした。
「算数」だけは、まあ、得意? という感じでしたから、小学校の担任のアドバイスで、算数・数学の塾だけは通わせていました。
しかし、何年も通って、算数が数学になっても、成績は余り芳しくない。
「もう通う意味も無いのかな?」と思って、「塾辞める?」と促しても、倅の方は「イヤ、行く」と譲りませんでした。
「行くのは良いけど、意味あるの?」
ちょっと、嫌味っぽく言ってしまいましたけど、倅は「ある!」とやっぱり譲りません。
まあ、本人が、そこまで言うのなら、と数学だけは塾通いさせていましたら、この一年前位から、数学を先頭に、他の教科の成績もグングン伸びてきて、学年でビリに近かった順位も30位以内になりました。
自分の机があっても、勉強は、両親私たちが寝静まった後のリビングでやっていました。
倅は倅なりに「勉強は嫌いだが、やらざるを得ない」と思っていたらしく、必死に勉強の退屈さと戦っていたようです。
私も、倅も、「学校の勉強は役に立つも物も有る事はあるけど、意味のない物も多い」と思っているクチですが、しかし、現状、世に出るには、学校の成績が物を言う事は現実です。無視する事は出来ません。
成績が伸びると、やっぱり嬉しいようで、進学を前に、滑り込みの様に、まあまあの偏差値を確保しました。
私も「塾辞めたら」なんて言いましたけど、要は、子供の能力を見限らない事なんでしょうね。
昔、倅がスイミングに通っていた頃も、昇級しなくなった時期があって、「もう、辞める?」と聞いた時「辞めない!」と逆らって来た事を思い出しました。
倅は、「いつか、必ず克服する」という、意外と頑固な一面があるようです。
まあ、お子さんの「今」を見ただけで、将来を判断する事はない。
という事なんですが、それも、伸ばして二十五歳まで。な気がします。
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幼児にまつわる事故の話 #幼児 #熱中症死亡事故

幼児にまつわる事故の話


富山県高岡市で、二歳の男児がちょっと目を離した隙に、外に出て、そのまま行方不明。
数日後、富山湾で遺体となって発見されました。
親御さんを責めるのは酷ではありますが
やはり、小さい子からは、片時も目を離してはなりません。
私も、倅、二歳の時、公園で遊ばせて、カバンからデジカメを取り出す、僅か五秒位で倅を見失しないました。
倅は、木のベンチの陰に隠れて、背もたれの隙間から此方を見ていたのですが、もし、倅が「クスクス」っと笑わなかったら、私も慌てて他所を探したかも知れません。
二歳児。個人差はあっても、色々頭を巡らせているものです。
富山の事故の場合、お母さんが、お風呂上りのお姉ちゃんの頭を拭いた、その隙に男の子が居なくなったそうですね。
お姉ちゃんも、弟ばかりではなく、自分も構って欲しいという気持ちも、あったのかも知れません。それに応えるように、お母さんが頭を拭いている間の事故だったのではないか? と私は想像しております。
二歳児
我が家の倅が二歳の時、二つの事件がありました。
ひとつは、二歳の子供を、知り合いに預け、用事で出掛けたが、預かった方がご近所とのおしゃべりに夢中になって、男の子が外に出てしまった事に気づかず、男の子は車に撥ねられて死亡。
年齢が倅と一緒だった事もあり、この事件を聞いた時、「知り合いでも絶対に他人にこどもは預けない!」と固く誓ったものです。
保育園とかは、預かりのプロなので、基本心配はしませんが、幾ら良い人であっても、預かりの素人には預けてはならない。と思ったものです。
同時期
やはり、二歳の男の子が、高速道路のドライブインから、車道に出てしまって撥ねられて死亡する。という事件がありました。
家族がビデオを回していたので、男の子が撥ねられる瞬間は映っていたそうですが、ニュースでは当然カット。子供が道路に向かって歩く姿と、事故後、子供の名前を連呼する父親の後ろ姿が流されました。
不幸な事故ではありましたが、でも、高速道路脇で両親、祖父母も居て、誰一人男児に付き添っていなかった事は、うーん、やっぱり保護者の責任と思ってしまいました。
静岡、幼稚園バス内置き去り事故
車内点検を怠った事も問題ですが、本人を確認しないまま「登園」扱いにしていた事には、呆れます。
しかも、あの、幼稚園バスはいけません。キャラクターシートを張り巡らし、運転席以外がブラインドになっていました。
車内を伺えれば、見落としも無かったと思いますし、見落としていたとしても、通行人に気づかれた可能性もあります。
我が家の倅は、既に保育の年齢ではありませんが、「送り迎えも自分自身でやりたいな」と思わされました。
「そうは言っても」
と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、経験上、小さなお子さんには、細心の注意を払った方が良いと思います。
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ジジババ軍団コロナに倒れる #コロナ #ジジババ #ワクチン

ジジババ軍団コロナに倒れる


中高年の方が元気だったのに
わが社のばやい。コロナになった人って、30代~40代が殆どでした。(20代も居ましたけど)
「ウチはジジババの方が元気だよね」
「まあ、皆、三回~四回ワクチン射ってますからね」
なんて、高をくくってましたら、唯一、四回目ワクチンを討っていた、七十代ジジ様がコロナに感染。
「エー? マジ?」
てな感じだったんですが、八日ばかりお休みになられて、本日出社。
先々週末に急に発熱して、唾液検査したもらったら陽性だったそうです。
39度近い高熱になったのは一日だけ、それも短い時間だったそうです。
「四回ワクチン射っても、罹るときは罹るんですね」
なんて話になりましたが、そんなに辛くなかったらしいのは、やっぱりワクチンのお陰でなんでしょうね。
まあ、といっても、我が社の場合。今までも、余りコロナの感染者は居りませんでしたが、ジジババ軍団では初めての感染者を出しました。
でも、コロナ慣れのせいか「ああ、コロナですか」みたに、騒ぎになりませんでした。
コロナの感染者数を真面目に数え続けている国は、日本位になりましたが、しかし、みなさんも、ご用心くださいませ。
ただの風邪だって、ごじらせれば死に至りますしね。
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高校野球・小玉西瓜 #高校野球 #甲子園 #夏 #小玉西瓜 #無洗米 #エモイ

高校野球・小玉西瓜


高校野球「甲子園」の不思議
先週末から、男子高校野球、甲子園大会が開幕いたしました。
昔、何かの番組で、ダウンタウンの松本さんが、「この年になっても、高校野球って、お兄さん達がやっとる。ちゅう気分が抜けへんねんな」と言っておられましたが、私もそのクチです。
さすがに、今の年になると、「それはないな」と思っていました。
先月、関東各地の地方予選をテレビで観ていても、「やっぱり、子供らがやっている感じ」に見えていたのですが、これが甲子園大会になると、「あ、お兄さん達がやっている」という、懐かしい感覚に引き戻されました。
甲子園は、内野に芝が有りませんし、「灼熱」を想像させる日差しが、より独特な雰囲気を作るのかも知れません。
息子、下手すりゃ孫位の男の子らが、「お兄さん」に見えてしまいます。
小玉西瓜
私の実家は、元々農家だったので、昔はスイカの栽培もしていた事は、書きましたね。
しかし、私はスイカが嫌いで、食べません。種の周りのザラザラ感が嫌です。
ですが、果肉の黄色いタイプの小玉西瓜なら、まあまあ食べられました。
農家の子供なのに、「小玉西瓜は果肉黄色い物を言う」と思っていましたし、「小玉」も「木霊こだま」つまり、エコーの事だと思っていました。
英語的に言うと「エコー・ウオーターメロン」と思っていた訳です。
「小さい玉じゃけん、小玉じゃ」
父から、真実を聞かされた時は、「えっ? ほんま?」ちょっとショックでしたけどね。
しかも、小玉西瓜にも赤い果肉の物はあって、大玉にも黄色い果肉の物がある事を、重ねて知ることになります。余り食べないと、農家の子供でもこんなもんなんですね。
西瓜のこぼれ話
西瓜って、日本には戦国時代末期に、カボチャと共に入って来たらしく、皮の黒い「でんすけすいか」が最初だったようです。
しかし、果肉が赤い事と、幼稚園児が駆けっこで持つバトンの様な、丸い台座の載せて置いておく様が、人の首を連想させるので、人気がなかったようです。
それが、夏の風物詩のように食べられる様になったのは、江戸時代に入ってからで、ある人が「西瓜は膵臓に良い」という噂を流してから、半ばサプリメントのような感覚で食べられる様になったようです。
実際、西瓜が膵臓に良いのか分かりませんが、「西瓜は甘くで美味しいよ」というより「健康に良い」という事で、感情を揺さぶられる。今でいう「エモーショナル・マーケティング」…エモイ商売をしたわけですね。
因みに
リコピンの栄養素で知られる「トマト」ですが、南米からヨーロッパに渡った頃、やはり果肉が赤いという事が、気味悪がられてヨーロッパ人に受け入れませんでした。
「トマトは美味しいし、身体に良いんだ」
といって、大衆の面前でかじって見せると、聴衆の女性たちがショックで次々と気絶したそうです。
エモーショナル・マーケティング
物の本によると、アメリカから来た商法の様に言われますが、世界各地、昔から存在する商法です。感情、気持ちを揺さぶられる商法。
「無洗米は洗わなくても良いから楽だよ」と言うと、「米も研がないなんて世も末だ」という人も居ます。
しかし「無洗米は水を無駄にしないし、何より汚水を垂れ流すことがない」と言うと、横着な人だけでなく、正義な人の心も揺さぶったりしますね。(無洗米は、元々、汚水を減らす目的で生まれましたけど)
「二束三文」とか「土用の丑の日は鰻」なんてのも、江戸時代に実践されたエモイ商法です。
余談ですが、「無洗米って、工場で水洗いしてるんでしょ?」という方が居られましたが、糠の粘着性を利用し、粘土の様にして、「糠は糠を呼ぶ」方式で、白米に残る白糠を吸着しています。決して水で洗っている訳ではないんですね。
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