観ました「さまよう刃」
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冒頭の拉致誘拐シーン、強姦シーンが、辛かったので、なかなか観られなかったのですが、とうとう一気に観てしまいました。冒頭は辛いですが、さすがに途中からは、緩めに演出されていました。
あらすじ
妻に先立たれ、一人娘と二人暮らしの長峰重樹。ある日、帰宅途中の娘が猥褻目的で拉致誘拐され、殺されてしまう。遺体はゴミ袋に包まれた状態で、荒川に投げ捨てられていた。
犯人と思われる男達は、少年と言う事で、父・長峰には何の情報も与えられない。
やりきれない恨みを抱えながら、事件の解決を待つしかない長峰のもとに、密告の電話が入る。
娘を惨殺した少年たちの棲家に辿り着く長峰。留守だったが、密告で知ったスペアキーの場所から、部屋に侵入する。そこで目にしたのは、少年たちが撮影した惨殺されてゆく娘の動画だった。
帰って来た犯人のうちの一人の少年を包丁で刺し殺し、長峰の復讐が始まる。
主犯格の少年を追う長峰。所々で、謎の人物から送られて来る情報を頼りに、少年を追い詰めてゆく。
1988年末から、翌、1989年正月迄。実際に起きた、足立区「綾瀬・女子高生コンクリート詰め殺人事件」をモデルに、事件から十五年後の2004年に描かれた、東野圭吾さんの小説が原作となっています。
2009年に寺尾聡さん主演で映画化され、2014年に韓国でリメイクされました。
そして、2020年。映画版では警視庁捜査一課、織部刑事を演じた竹野内豊さんが、今度は長峰重樹を演じWOWOWでドラマ化されます。
映画版とドラマ版では、密告した人間が少し異なりますし、ドラマの方が脚本を練り直している分面白かったです。
「綾瀬・女子高生コンクリート詰め殺人事件」
あまりの凄惨さに、全国が震撼した事件でした。
犯人は、強姦に参加しなかったという少年を含め、五人。
他にも、幾人かの悪仲間を呼んで少女を犯させ、延べ百人以上が強姦に参加していたとも報道されました。
少年たちを擁護する、文化な人々は「大人の無理解が生んだ事件」なんて、バカげた事を言っておりましたが、主犯格四人は、一端のヤクザ気取りで「一家」を構えていた積りでした。実際、暴力団事務所にも出入りしていたと言います。
同年(1988年二月)に発生した「名古屋アベック殺人事件」と並んで、少年法の是非を問う、事件でもあります。
後に、出所・退院したリーダーの男は、特殊詐欺の受け子で逮捕されますが、この時の少年法の延長上にあるのか、実名は報道されず、ナンバーツー的存在だった男も、殺人未遂で逮捕されながら、実名報道はされませんでした。
「復讐」は何も生まない…という話
よく使われるフレーズですね。
しかし、私個人としては「陳腐な言葉」だと思ってしまいます。
復讐は何かを生み出す為のものではなく、「何かを消し去る為」その行為だと思っています。
私の経験で申しますと、子供の頃、とある事情から、自分をイジメる相手に対し、永く報復出来ない状況にありました。
相手を殴る夢をよく見たものですが、いつも手応えがなく、悔しさで目を覚ましたものです。
そんな彼に、ある時、復讐できる機会があり、下手糞ながら廻し蹴り一発を入れる事が出来ました。たった一発の蹴りでしたが、それからは彼を殴る夢は見なくなり、彼に対するこだわりも消えました。恨みの度合いにもよるでしょうが、復讐にはこんな効果があります。
かといって、二十一世紀の現在で、自分勝手に復讐すれば行き過ぎた私刑にも繋がるでしょう。
「法に基づいた、ある種の復讐」が無ければ、被害者遺族の心は救われないだろう。と思います。あくまで、私個人の意見ですけどね。
ドラマの中で、さまよう長峰は「娘の為に…」と言いますが、復讐は自分自身の為に行なっていると思います。「葬儀」と同じで、残された遺族が、どこかで折り合いを付ける。納得する為に行う物だと私は思います。勿論、娘さんが生き残っていたら「お父さん、私の為に復讐して」と言ったかも知れません。
他にも「死んだ〇〇さんは、そんな事は望んでいない」なんてセリフもありますが、「何故そんなことが分かる? お前はイタコか」と言いたくなります。
仇討ち
江戸時代にあった「仇討ち」という制度。届け出れば、庶民にも認められていた行為でしたが、特に武家の場合は重要でした。
当主を誰かに殺された場合。お家は取り潰され、断絶するため「仇討ち」によってお家を再興させる措置がありました。
「相手の命取って来たら、家の事は考えたらぁ」
まるでヤクザな措置ですが、「武門」である事の意地を表さなければならない辛さもあったのでしょう。
この「仇討ち」ですが、被害者遺族が、仇を討つ事は認められていましたが、討たれた仇の遺族が、更にやり返すという行為は禁じられていました。もし、やり返したら、それは犯罪。打ち首刑に処せられました。
因みに、つい百年ほど前までの中国では、仇討ちの仇討ちは普通に行われ、際限がなかったと言います。
