サイコパスを考える
北極圏。東シベリアからカナダ北部を経、グリーンランドまでの半円地帯に広く居住する、モンゴロイド系民族「イヌイット」(「人々」を意味するイヌイット語)。
古くは、部族によって「イヌイット文字」を使っていた様ですが、大半の部族は、自身の歴史を語り継ぐ、歴史暗記の専門家が居られた様です。
日本でも、まだ文字の無かった古代には「語り部」と呼ばれる、歴史を暗記する部署がありました。
このイヌイットに語り継がれる歴史の中に「サイコパス」を意味する言葉が、しばしば登場いたします。
温暖化の進む現代と違って、昔の北極圏の冬は極寒も極寒という、人が生きるには厳しすぎる環境でした。
「協力し合わなければ、部族はたちまちに滅んでしまう」
そんな環境の中で、他人を慮る感覚を持たない人。曳いては自分の事しか考えていない人「サイコパス」の存在は、即、一族の滅亡に繋がります。
そこで、集団の中に「サイコパス」と思われる人間が表れると、密かに処刑していたと語られています。
勿論、現代のイヌイット社会で、サイコパスとはいえ、密殺されるなんて事はありませんが、人間を含む「群れ」を作る動物。にとって、サイコパス的性質の存在は、群れ全体を危険に晒してしまう。という事なのでしょう。
こうした、古・イヌイットのサイコパス排除の行動は、「独裁者の現出を許さない」感覚の日本人となんか似てますね。
日本でも、「源義経」や「織田信長」等、サイコパス的感覚の英雄・独裁者は何人か登場致しますけど、皆、誅殺や暗殺の憂き目を見ています。
スティーブ・ジョブズ
アップルの創業者で、ビジネスマンとして「巨人」と評されるS・ジョブズですが、心理学者・脳科学者から観ると、典型的なサイコパスなんだそうです。
実際、会社員? 時代のジョブズは仕事が出来ず。同僚に仕事を振っておいて、会社からの報酬の大半は、私してしまう様な人柄だったそうです。
アップルの創業に関しても、世間的にはまるでS・ジョブズ一人の「先見の明」功績の様に語られますが、創業に携わった、他のスタッフからは「あいつが、一体何をやったと言うんだ」という程に反発を持たれています。ですから、一時期アップル社を追われる事になったのですが、サイコパス的人物の特徴のひとつとして、「プレゼンが上手い人が多い」という所があります。
サイコパスは自分に実務能力が無い事を、薄々自覚している為に「自身の売り込みが上手くなる」という傾向があります。(あくまでも傾向)
S・ジョブズが亡くなった後、伝記的映画が作られましたが、内容に対して、他の創業者仲間からクレームが付き、尻すぼみな感じで映画は話題性を失ってゆきます。(とは言え時々ジョブズさんを英雄視する再現ドラマは良く作られていますけどね)
映画では、パーソナル・コンピュータを考え出したのがジョブズの様に描かれていますけど、PCを最初に考えたのはゼロックス社でした。アップル社はそれをパクっただけ。
更に、マイクロソフト社のビル・ゲイツがパクり、ジョブズは、それに平然とクレームを付けます。
「あんただってパクッたじゃん」ビル・ゲイツに言い返されたそうですが、何気ないこうしたエピソードの中にも、自分の事は棚に上げて、相手を責めることが出来る、サイコパス的性格が表れています。
戦国時代の英雄・織田信長もサイコパスと言われていますが、後世の我々には、アイデアマンとして語り継がれていますね。
案外、信長も実務は殆ど何も出来ず、家臣を追い詰めて戦国の世を勝ち抜いてきただけなのかも知れません。「長篠の合戦」等でも、軍議で出た一番良いアイデア、徳川家臣のアイデアを採用しています。
しかし、私個人は、信長は実務も出来る(アイデアを出せる)サイコパスであって欲しいと思いますね。
他動物の中にもサイコパスは居る
ライオンの群れに襲われるアフリカ水牛。そこに仲間の水牛が集まってきて助けた。という動画を観たことがある。という方は結構おられると思います。
ライオンにせよ水牛にせよ、群れで生きる動物は助け合わなければならない。それを象徴的に表している動画ではありますが、一方で、オオカミの群れに襲われるバイソンの群れが、仔どものバイソンを突き転ばして生贄にしてしまう動画も観たことがあります。
「一頭の仔バイソンを犠牲にして、群れ全体を守った」
という観方もできますが、突き転ばした大人バイソンは、多分サイコパス型バイソンだったのだと思います。
人間以外の群れる動物にも「サイコパス」は存在するわけですね。
サイコパスは、何故一定数居るか
群れる動物…その中でも、多分、哺乳類だけだと思いますが、必ず一定数のサイコパスが存在します。
人類であれば、100人中2~3人は存在すると言われるサイコパス。(結構居ますね)
全体がサイコパスに満ちていれば、その種は滅びてしまうか、豹や虎のような単独で暮らす凄腕の殺し屋になって、共同で作り上げて行く、今日の様な文明社会は生まれなかったでしょう。
それでも、尚、一定数のサイコパスが存在する理由は何か?
私はこう考えています。
「種族とは、より多様性に満ちていなければ、あっという間に滅んでしまうから」
サイコパスという、身勝手な考えも、人類が遭遇するかもしれない、何某かの状況下の中で、「生き残れる遺伝子情報のひとつ」なのかも知れません。
サイコパスと慮る人は実は相性が良い
典型的な例としては、織田信長と明智光秀でしょう。
ポルトガルから来た宣教師「ルイスフロイス」は、明知光秀の事を酷評してますが、国内の文献評価では概ね光秀は優しい人とされています。(光秀は熱心な仏教徒だった為にフロイスから疎まれた説あり)
他人の気持ちが良く分かる光秀と、自分の事しか興味の無い信長は、現代のプロファイル的にもベストコンビと言えるそうです。
ただ、理解者的立場の明智光秀が「ああ、こいつは駄目だ」と、心が覚めた時、両者の関係は一気に崩壊してゆきます。
「S・ジョブズのみが英雄視される」事で思い出したこと
フジテレビの名物プロデューサーで、漫才など「お笑い」をスターダムにまで押し上げた立役者、横澤彪さん。
世間では、まるで横澤さん一人がブームを作り出したように語られますが、コント赤信号のラサール石井さん等、当時を知るお笑い芸人たちは、「他のプロデューサー、ディレクターも、横澤さんと同じくらい頑張ってたんだからね」と述懐しておられます。
まあ、これは、横澤さんがサイコパスと言いたいわけではなく。
世間は、前面に出てきた者こそ主役と思う。という傾向があるという事ですね。
サイコパスとソシオパス
サイコパスが先天的なものであるのに対し、ソシオパスは後天的であるとされています。先天的なサイコパスは脳の構造、特に感情や衝動抑制を司る部位に間違いがあることが原因です。対して後天的なソシオパスは、主に幼少期の家庭環境などの影響で反社会的な人格が形成された結果といえます。(障害者ドットコムより引用)
反社的組織、所謂、暴力団系に多い「ソシオパス」しかし、服役などした場合、身内に迷惑が掛からない様、離婚や絶縁などで、他人を庇おうとし、色々と工夫を凝らすケースが見受けられます。
反社組織に多いソシオパスですが、サイコパスも多く存在する事も忘れてはなりません。
最後に
くどい様ですが、職場や学校関係、友人関係で「こいつサイコパスなんじゃないかな?」と思う人に出会った場合。
「逃げる」か「闘うか」しかありません。「理解し合おう」とする事は絶対に不可能です。
何故ならば、相互理解とは「互いが理解し合う」事で、サイコパスには、貴方の事を理解する気持ちが全くないからです。
非サイコパス人間とって、サイコパスという存在は想像以上に脅威である。事を忘れない様に願うばかりです。
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