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ローマ字の話 家紋の話


【互い鷹の羽】
ドラマ中で渋沢栄一の着ていた紋付(紋服)には「丸に違い鷹の羽」の家紋が使われていましたね。
「違い鷹の羽」は源氏の流れと言われています。平安時代には貴族紋として使われていました。
【大谷刑部(吉継)自決で人気に】
関ヶ原の合戦」で、負けが分かって居ながらも、親友・石田三成に味方し、少人数ながら奮闘、憤死した「大谷吉継」が、この家紋を使っていて、一躍人気の家紋になります。
その勇気と律義さに感動した者が多かったのでしょう。トレンドとなり、江戸時代になると、阿部氏(白河藩、備後福山藩など)や安芸浅野氏、下総関宿・久世氏などの大名や旗本など約120家に鷹の羽紋が用いられるように成ります。武士が多く用いた紋であることから、武家の行政機関のあった土地に多いようで、九州、京都、東京(江戸)、などにルーツを持っている家系に多いようです。渋沢家もそうした家系のひとつだったのかも知れません。
次いでながら、ウチのカミサンの実家の家紋も、「丸に違い鷹の羽」紋です。カミサンの、ルーツは九州ですが、九州では「阿曽神社」が、「違い鷹の羽」を用いていた為「神紋」と呼ばれています。鷹の羽紋は歴史的にも、なかなか凄いんですね。
ヘボン式ローマ字】
現・明治学院大学の創設者で、米国人医療伝道宣教師のジェームス・カーティス・ヘボン(ヘップバーン)さんが、来日した際に考案したローマ字の事ですね。
基本、学校で教わるローマ字と、それほど変わりませんが、「シ」が「si」ではなく「shi」であったり、「チ」が「chi」、「ツ」が「tsu」であったり、「ba」(バ)、「bi」(ビ)…の他に「va」(ヴァ)「vi」(ヴィ)…等の表記もあり、私個人としては、ヘボン式ローマ字の方が好きです。
このヘボンさん、正しくは「ヘップバーン」と言う方が近いそうですが、オランダ語読みで日本ではヘボンさんと呼ばれていた様です。(ヘップバーンは英国由来の苗字)
【日本は蛮地で原始人のような暮らしをしている】
ヘボンさんは1859年に夫婦で来日。当時、アメリカでは、日本は未開の蛮地と思われていたので、ヘボンさんの友人たちは必死に止めたと言います。
しかし、彼は「そんな土地だからこそ、行く意味があるのだよ」と言い、奥さんも「あなたがそこまでの覚悟ならば、私も一緒に行きます」と言って、友人・親戚一同を集めて、涙ながらの別れの宴を開いたと言います。
来日したヘボンさんは、日本が文化的な国家であった事に安心しますが、幕府は、一般人が外国人に接したり、言葉を交わす事を全面禁止。禁を破れば「死罪」という厳しいお触れが出て居ました。
医師であり、宣教師であるヘボンさんにとって、一般の日本人と接することが出来ない事は、来日した意味を持ちません。町を歩いていても、一般の日本人は死罪を恐れて、目も合わせないし、避けて通る。或いは背を向けて、ヘボンさんの通り過ぎるのを待っていたりします。
ヘボンさんが感動した日本語「ABUNAI」】
そんなある日、ヘボンさんは、家の棟上げをしている横を通りかかります。柱が、ヘボンさんの方に向かって、倒れそうになった時、傍にいた職人さんが「あぶない!」と叫けび、身を挺してヘボンさんを守ります。
ヘボンさんの回顧録には、「自身が死刑になる事を顧みず、身を挺して助けてくれた」と記しています。そして、その時の言葉「abunai」=「danger」と記録し、ヘボン式ローマ字で表記された初めての日本語だったと言います。
ヘボンさんは「生麦事件」では、負傷者の治療に当たりました。
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