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映画・真田十勇士

ネット配信「ひょうたん」で観た映画

ファンタジー色は強いが意外に面白かった

「♪~華の様なる秀頼様を
    鬼の様なる真田が連れて
     退きも退いたよ 鹿児島へ~
      退きも退いたよ 鹿児島へ~♪」

歌舞伎の中村勘九郎主演。「映画・真田十勇士
十勇士のリーダー的存在、猿飛佐助を主人公に、世評とは裏腹に、武将としては、実は凡庸であった。という設定の真田幸村を盛り立てながら、大坂、冬夏の陣を戦うというお話。
冒頭はアニメ表現だが、実写に変わり。観てゆくうちに意外に面白かった作品です。
観客を裏切るであろう演出は、観ていて簡単に予測は着くものの、失望より「やっぱり、当たった」という喜びの方が強い。
最終的に豊臣秀頼は鹿児島に落ち延びた。説の方を採用していたのは面白い。
実際、鹿児島には冒頭の童歌が残り、大坂の陣から二十二年後の「島原の乱」で、天草四郎時貞の用いた馬印が豊臣と同じ瓢箪という所から、天草四郎は、秀頼の子である、説はある。
天草四郎」=「豊臣秀頼」説もあるが、大坂の陣で二十三歳だった秀頼が島原では四十五歳。十四~五歳の美少年、天草四郎が45のオジサンでは、化粧してもかなり無理がある。

天草四郎時貞

島原の乱」では、モーセばりの奇跡を起こし、少年ながら一揆の絶対的指導者となる。
かつて、タレントの美輪明宏さんは、自身を「天草四郎時貞の生まれ変わり」を自称していたが、天草四郎、実は架空の人物説が出て、自説がピンチに陥る。
しかし、その後「天草四郎は一人ではなく、十数人のユニットだったのではないか」という説も浮上し、ギリ、難をまぬかれている。
まあ、ゴリゴリのおっさんの指導より、羽生結弦さんばりの美少年の方がカリスマ性があり、士気も奮ったでしょう。広告塔として、少年を立たせた可能性はあります。
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